愛のレビュー ブッダの瞑想法
ブッダの瞑想法 ヴィパッサナー瞑想の理論と実践
地橋秀雄著 春秋社
世に瞑想の本は多いですが、これは瞑想する人は呼んでおいた方がいいと思います。
おいらも個人的に精神を落ち着けるために瞑想しているのですが、この本から学んだことは大きいです。
著者によると、瞑想の方法は大きく二つに大別されるそうです。
反復される言葉やイメージなどの瞑想対象に集中し、最終的にはその対象と合一してしまうほどの深い統一状態を目指していくのがサマタ瞑想。
この主体と客体が融合してしまう究極の意識状態が「サマーディ(三昧、禅定)」です。
そして、もう一つは今自分が知覚していることを対象とし、それをただひたすら観察し続けるヴィパッサナー瞑想です。
「ヴィパッサナー」とはパーリ語で「詳しく観察する」「さまざまな角度からよく見る」というような意味らしいです。
サマタ瞑想は瞑想としてはオーソドックスなパターンで、世界中の宗教で見られる形の瞑想法です。
釈迦以前からあったバラモン教にもその種の瞑想法はありましたし、中国の道教や日本の修験道もその流れにあると思います。
釈迦の作った仏教も後に他の土着の宗教との融合によって密教の中に強くその傾向は残っていると言えます。
一方、ヴィパッサナー瞑想は釈迦が自身の工夫によって編み出したといわれ、菩提樹の下で解脱した時にしていたのはこの瞑想だったということらしいです。
釈迦は修行時代にサマタ瞑想を先達に教わって極めたのですが、これでは悟りにいたれないと感じてヴィパッサナー瞑想を編み出したらしいです。
これにより悟りに至ったので、「私は師によらず独りで悟った(無師独悟)」と語ったと言われます。
今でもタイやミャンマーに伝わってる仏教の最初の形、上座部仏教ではこの瞑想法をやるそうです。
まあ、実際には由来や解脱云々はどうでもよくて、この瞑想が効果があるかどうか、がおいらにとって重要なのですが。
で、やってみて
効果アリ(少なくともおいらには)
と今は感じています。
この瞑想は自分の知覚していることに反射的にサティ(気付き)という言葉のラベルを貼っていきます。
たとえば呼吸をしていてそれでお腹が前後に動いているとすれば、
膨らむ→縮む→筋肉のよじれ→膨らむ→服にこすれた→縮む→……
というように。
やってると余計な思考も思い浮かぶのですが、それにも「思考」「妄想」「イメージ」などとラベルを貼っていきます。
すると、不思議なことにそれ以上思考が発展せずに立ち消えになるんです。
心の中の余計な雑念がラベルを貼られて消えていって、すっきりしていくのが面白い♪
すごく心が楽になりました。
サマタ瞑想はとにかく対象に注意を注ぎ続ける、というものですが、ヴィパッサナー瞑想は逆にそれを邪魔するものをどんどん取り除いていく瞑想ですね。
それによって日常生活でも余計な価値判断をいれずに物事をありのままにみる、という訓練にもなると思います。
止観も近い効果はあると思いますが、ぼくにはこの瞑想の方が効果は大きいように感じます。
この瞑想による効果として、集中力がアップすることもあげられます。
邪魔するものがなくなるので集中しやすくなるんですね。
これによってサマタ瞑想もさらに深まるという循環なのだろうな。
集中力については、最近考えているトピックなので、明日あらためて取り上げたいと思います。
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